イザヤ17 ダマスコとイスラエルに対する託宣
・ ダ マ ス コ に 対 し て
『取り去られて町でなくなり、廃墟となる』・ダマスコはシリヤの首都
アッシリヤによるダマスコの滅亡は B.C.732年、以後ダマスコはアッシリヤの州都
『アロエルの町々は捨てられ』
地理的に知られているアロエルは三つある(ユダとモアブとアンモンに)がダマス
コとの関連ではラバテ・アモンとみられる。町が荒野と化した様が伺える。
『アラムの残りの者は』
シリヤもイスラエルも共に滅ぼされ、かつての栄光の名残を止めるものはない。
破壊は如何に速やかに且つ徹底的になされることか。
・ イ ス ラ エ ル も
『その日ヤコブの栄光は衰え』
シリヤ・エフライム戦争を仕掛けたのはこれら二国だったが、ユダは耐えて存続し
この二国はアッシリヤに滅ぼし尽くされた。
イスラエルの南北王朝時代、北が南を脅かすほど強くなったのはこの時代でしたが
最後の悪あがきのように間もなく滅びていきました。現代史でも昨日まで北が脅威
であったが、今や崩壊しています。天地は過ぎ去ります。奢るべからず。
『レファイムの谷で・・・』レファイムは死者をも意味する(14:9,16:14)
レファイムは何度も戦場(・サムエルエル5:18,23:13)として描かれ、戦場、死者、踏み
にじられた地(たとえ肥沃の地であっても)を連想させる。
『オリーブを打ち落とす時のように』
わずかにめこぼしがあると見るか、数えるに足らないとみるか?
・ そ の 日
『自分を造られた方に目を向け』
偶像から創造者へ回帰する。
『荒れ果てた地』
万物は今に至まで共に呻き苦しんでいる(ロマ8:18-22)とあるが、人の罪と堕落は
自然界の秩序を乱し、荒れ果てさせ、遂に自分自身の生活の環境を破壊します。
『救いの神を忘れ・・・』
苦難と汚辱の原因は言うまでもないことだが背信にある。
偶像に傾けた労苦は何の報いももたらさなかった。
・ 国 々 の ざ わ め き
国々とはアッシリヤとその同盟国或いは隷属した国々のことか。
12ー14節は名が上がっていないがアッシリヤに関するものと理解します。
よくもあしくもアッスリヤは海のとどろき、怒濤のようです(その出現も敗走も)。
誰も押し止めることの出来ない力を持って侵略の足を延ばしてきた。
しかし、創造者は海も風も静めることの出来る方です。
『夕暮れには・・恐怖、夜明けの前に、いなくなる』(イザヤ37:36)には何の説明も
なしにアッシリヤ軍18万5千人の死が記録されている(詩篇30:5)
あしたにもえいでて栄えるが、夕べには枯れるのです(詩篇30:5)
『私たちから奪い取る者たちの分け前・・・』
私たちとは誰か?
奪い取る者とは誰か?
分け前とは何をさすか?(ヨブ20:29)
ダビデの分け前の素晴らしかったこと(詩篇16:5-6)