2026年4月12日 飯能キリスト聖園教会 礼拝説教要約(若井和生 師)
平安と確信。この二つは私たちが心の底で欲しているのに、なかなか手に入らないものだと思います。私たちが持っているのは多くの場合、根拠のない平安だったり、ひとりよがりの確信だったりします。それまで大丈夫だと思っていたのに健康が失われたり、事業に失敗したり、人間関係のトラブルに遭遇したりするとすぐに不安になってしまいます。私たちの平安と確信は、不安定な基盤の上にかろうじて成り立っていることが多いのではないでしょうか。すぐに失われてしまう極めて脆い平安と確信ではないでしょうか。
【1】 心安らかでいられる理由1:真理に属していることを知っている
ヨハネは「私たちは…心安らかでいられます」と言いました(19)。しかも「神の御前で心安らかでいられます」と言い切りました。聖なる神の御前で私たちはどうして心安らかでいられるのでしょうか。二つの理由があります。
第一の理由は私たちが、自分が真理に属していることを知っているからです。どうしてそれを知ることができるのでしょう。私たちがことばや口先だけではなく、行いと真実を持って愛しているからです(17)。私たちは神に愛されて、愛が何であるかがわかって、愛に生きる者に変えられました。愛に生きる私たちの生き様を通して、私たちは自分が真理に属していることを知らされます。そしてその結果、神の御前にあっても心安らかにいることができるのです。
愛を知っている人は真理を振りかざしたりしません。真理に支えられている心安らかな人です。
【2】 心安らかでいられる理由2:神は私たちの心よりも大きい
ヨハネは続けて「たとえ自分の心が責めたとしても、安らかでいられます」と語りました(20)。私たちは時々、心が責められる時があります。私たちは人に対しても、自分に対しても心を狭くしてしまいがちです。人が犯すちょっとした過ちも欠けも見逃すことができません。たえず高い期待や要求を相手に突きつけて、それが応えられないとすぐに不平不満でいっぱいになってしまいます。
自分自身に対してもそうです。信仰者としてとてもふさわしく歩むことができない自分を見て、自分を責めたり惨めさを募らせたりするのです。人と自分自身を見て、心の平安をすぐに失ってしまうのです。
しかし、そんな時でも安らかでいられるのはどうしてでしょうか。神が私たちの心よりも大きな方であり、私たちのすべてをご存じだからです。
神は私たちの欠けも弱さも罪深さもよくご存じです。不器用で失敗の多い私たちかもしれません。しかしそんな私たちの心からのささげものを、神は喜んで受け入れてくださいます。そんな私たちの精一杯の信仰を、神は喜んでくださいます。神は私たちの心よりも遥かに大きい方であり、私たちのすべてをよく知っておられ、その上で私たちを愛してくださるのです。
【3】 確信を持つことができます
そのような平安を与えられている人は、神の御前に確信を持つことができます(21)。この確信は平安の先にある確信、あるいは、平安に支えられる確信です。さらにこの確信とは、神の御前に大胆に近づける確信、御前で自分を隠すことなくオープンにできる確信、率直に神と語り合うことのできる確信、つまり神様との強固な信頼関係に基づいた確信であることがわかります。
それゆえにこの人は神に何でも求めることができます。ヨハネも「求めるものを何でも神からいただくことができます」と語りました(22)。
本当でしょうか。本当に求めるものを何でも神からいただくことができるのでしょうか。イエス様もこのように教えておられます。「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます(ヨハネ15:7)。」 私たちが神にとどまり、神のことばがわたしたちにとどまる時、つまり双方向の信頼関係が築かれている時に、神は私たちの願いをかなえてくださるのです。
【4】 神に喜ばれることを行う
どうして私たちの神様は、私たちに対してそんなに気前がよいのでしょう。私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行なっているからです(22)。
神の命令を守るとは、神に喜んでもらうことです。時々、神の命令を律法的に考える人がいます。クリスチャンになると礼拝に来なければならない、奉仕をしなければならない、献金をしなければならない…と考え、「しなければならない信仰」になってしまいます。喜びのない窮屈な信仰者になってしまいます。
神の命令を守るとは、神に喜んでもらうことです。神を喜び、神に喜んでもらう。つまり私たちの神との関係は相思相愛です。そのような愛の交わりに生かされることで、私たちの平安と確信はより確かなものにされていきます。
【5】 むすび
これから不安が大きい時代がやって来ます。私たちの不安を掻き立てる惑わしが大きくなっていきます。どんな状況の中にあっても惑わされることなく、流されることなく歩んでいくために必要なものとは何でしょう。神との親しい交わりの中で与えられる確かな平安と確信をもって、歩んでいきましょう。