2025年7月20日 飯能キリスト聖園教会 礼拝説教要約(若井和生師)
神の命令を守っているその姿に、神を知っている人の特徴が表されると前回学びました(3)。その場合、神の命令の内容については言及がありませんでした。
今日の与えられている箇所を読み進めていく時に、ヨハネによってこの時に特別に意識されていた命令の内容が見えてきます。それは「愛の命令」と呼ばれる命令です。
【1】 古い命令を、新しい命令として
ヨハネはまず「愛する者たち。私があなたがたに書いているのは、新しい命令ではなく、あなたがたが初めから持っていた古い命令です(7)」と説明しました。「古い命令」とは、どれくらい古いのでしょうか。
まず考えられることは、モーセの律法がイスラエルに与えられた時のことです。レビ記19章18節で神はイスラエルの民に「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」と命じられました。隣人を自分自身のように愛すること、これはあのモーセの時代に与えられていた古い命令だったのです。
でもここでヨハネが言っている「古い命令」とは、さらに古い命令だったことでしょう。なぜなら、それは「あなたがたが初めから持っていた古い命令」だったからです。「初め」とは天地万物の創造の初め。確かに最初の人、アダムとエバは互いに愛し合っていました。神に命じられるまでもなく、彼らはその命令を「持って」いました。この命令を私たち人間は初めから持っていたのです。
ところがその後、神と人間との関係が罪によって破れ、さらに人間同士の関係も破れてしまいました。それ以来、人間は互いに愛し合うことができず、あの命令は本当に古い命令になってしまいました。新しくされなければならない命令になってしまったのです。
しかしヨハネはその古い命令を「新しい命令として、もう一度あなたがたに書いているのです」と語りました(8)。その新しさの根拠はどこにあるのでしょうか。イエス・キリストにあります。イエスにおいて真理だったものが、彼ら自身においても真理となりました。それはまことの光であるイエス・キリストがこの世に来られ、闇が消え去ったからです。
イエス・キリストの真の光に照らされ、私たちは悔い改めとキリストの信仰へと導かれました。そんな私たちに古い命令が新しい命令として与えられています。それは「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」「互いに愛し合いなさい」という命令です。イエス・キリストによって新しくされた者として、新しい命令を新しい気持ちで守り従って行く者でありたいと思います。
【2】 光の中か、闇の中か
ところがヨハネは続けて私たちの抱えている現実を指摘しました。「光の中にいると言いながら自分の兄弟を憎んでいる人は、今でもまだ闇の中にいるのです(9)。」 この中で「今でもまだ」ということばにヨハネの気持ちが込められています。そしてこのことばは、その前の8節の「すでに」ということばに対応しています。
まことの光であるイエス・キリストが「すでに」輝いています。闇は消え去りました。私たちはこのイエス・キリストと出会って救いをいただき、闇から光へと移されました。それなのに「今でもまだ」自分の兄弟を憎むことによって、私たちは闇の中にとどまり続けてしまうのです。
自分の兄弟を愛している人は光の中にとどまっている人です。その人のうちにはつまずきはありません(10)。しかし、自分の兄弟を憎んでいる人は闇の中にいて、闇の中を歩み、自分がどこへ行くのかが分かりません。闇が目を見えなくしたからです(11)。
イエス・キリストの12弟子の一人イスカリオテのユダは、イエスのすぐそばにいて光の中にいたのに、ある時から闇の中を歩み、そして悲惨な結果に至りました。かつてちゃんと見えていた目が、罪によってふさがれて見えなくなってしまったのです。罪はいかに私たちの目を盲目にし、悲惨な結果へ至らせてしまうことでしょうか。
【3】 愛する者たち
ヨハネは今日の箇所の最初で「愛する者たち」と呼びかけています。そう呼びかけている者たちの中には、今でもまだ闇の中を歩んでいる者たち、兄弟を憎んでいる者たちがいました。でもそんな彼らに対するヨハネの愛は、決して変わりませんでした。ヨハネにとって彼らは尚も「愛する者たち」だったのです。
神は私たちに対しても「愛する者たち」と呼びかけてくださいます。私たちが今でもまだ闇の中にいて、兄弟を憎み続けていても、それでも神の私たちに対する愛は変わりません。
もし私たちがそれにも関わらず兄弟を憎み続け、闇の中にとどまり続けるなら、私たちはますます盲目になり、悲惨な結果に至ることでしょう。でも私たちは心を頑なにすることなく、神の愛の招きに応える者でありたいと思います。
神の光に導かれながら私たちの心の中の重荷を、そのまま御前に告白しましょう。そして赦される恵み、きよめられる恵みを体験しましょう。そのようにして闇から光へと導かれ、神の命令を心から守る者としていただきたいと思います。