父よ、わたしの霊をあなたの御手にゆだねます        ルカの福音書23章44~49節

2025年4月6日 飯能キリスト聖園教会 礼拝説教要約(若井和生師)

【1】 大声
 今日の箇所はイエス様が十字架上で最後のことばを語られる場面、そして最後の息を引き取られる場面です。イエス様は最後に大声で叫ばれたと、ルカは書き留めました(46)。イエス様の人生で最後のことばは大声で叫ばれたことばだったことがわかります。
 大声になったのはやはりイエス様の気持ちがそこに込められていたからです。イエス様はこの時、どんな気持ちだったのでしょうか。それを理解するヒントは詩篇31篇5節です。イエス様が語られたこのことばはイエス様のオリジナルではありませんでした。詩篇31篇5節でダビデが語ったことばでした。ダビデはそこで「私の霊をあなたの御手にゆだねます」と語りました。そして「まことの神、主よ。あなたは私を贖い出してくださいます」と続けました。
 イエス様はこのダビデのことばの前半部分を十字架上で語られたことがわかります。後半部分は省略されていますが、後半部分も理解された上で、さらに詩篇31篇の内容もよく理解された上で、このことばを語られたと考えられます。
 詩篇31篇には「ダビデの賛歌」との表題がついており、この詩篇はダビデの賛美だったことがわかります。つまりイエス様は人生の最後の瞬間に神を賛美しておられたのです。イエス様のことを贖い出してくださり、ご自分のもとに引き寄せてくださる神を賛美しておられたのです。人生の最後を賛美で閉じることができるとは、何と幸いなことではないでしょうか。

【2】 父よ
 そのような大声で叫ばれたイエス様の最後のことばは、「父よ」との呼びかけのことばから始まりました。イエス様の十字架上での最初に語られたことばは「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです」でした。イエス様の十字架上で語られたことばは「父よ」で始まり、「父よ」で終わっています。イエス様の父なる神様に対する信頼は6時間の十字架上の苦しみを経ても、全く変わらなかったことがわかります。
 途中イエス様は「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか)と、神様に叫び声をあげました。イエス様は父なる神に見捨てられるという経験をしました。しかし、そのような経験を経た後でさえも、イエス様の父なる神様に対する信頼は揺らぐことがありませんでした。イエス様の神様に対するとても深い、とても強い信頼が築かれていたことに私たちは気づかされます。
 イエス様は父なる神様の変わらない愛を知っておられました。その神様に対する信頼を日々養っておられました。イエス様はいつでも祈りの時間を大切にしておられました。どんなに忙しくても、いや忙しいからこそ神様に祈る時間を大切にされました。そのような日々の神様との交わりの中で、イエス様の神様に対する信頼は養われていったのです。
 私たちの神様に対する信頼はどれくらいのものでしょうか。試練や困難や苦しみを経た後でも変わらないくらい確かな信頼となっているでしょうか。私たちも日々の神様の交わりを通して、私たちの神様への信頼を養っていきたいと思います。

【3】 わたしの霊をあなたの御手にゆだねます
 その上でイエス様が最後に語られたことばは「わたしの霊をあなたの御手にゆだねます」ということばでした。信仰者にとっての死とは、自分の霊を神様の御手にゆだねることです。私たちは人生の最後に私たちの霊を神様の御手にゆだね、お渡しすることができます。その霊を神様はしっかりと受け止めてくださいます。
 イエス様が人生の最後の瞬間にこのように告白できたのは、普段から主の御手にゆだねる生き方をしてきたからです。いつでも安心しておゆだねできる方をよく知っていたからです。私たちはどうでしょうか。
 私たちもよく「主の導きによって」とか「主におゆだねして」ということばを口にすることがあります。日本人である私たちの中には、あまり自己主張しないで周りに合わせて生きる生き方を、よく知っている方々も多いことでしょう。一見受身的に見える生き方の背後に、強い自己主張やこだわりや高ぶりを隠し持っていることがあります。何か大きな問題や困難に直面して、今こそゆだねるべき時なのに、そんな時に限って自分の力にこだわってしまう、ということもあるのではないでしょうか。

【4】 むすび
 本当にへりくだった人しか、実はゆだねることができません。私たちの人生のいろんな場面においてゆだねることができない、自分の力にこだわって生きている自分の姿に気づかされていくのではないでしょうか。それが見えてくるということが、実は神の導きです。
 ぜひその時には悔い改めの祈りによって、頑なな心を砕いていただきましょう。そしてそこで父なる神への信頼を養っていただきましょう。私たちは人生の最後の瞬間に、死という現実を前にしてイエス様のように平安な気持ちで「父よ、わたしの霊をあなたの御手にゆだねます」と告白できるでしょうか。そのためにも今から私たちはみことばの導きの中で、神への信頼を養っていただきましょう。