天の雲とともに来られる方           ダニエル書7章1~14節

2025年2月9日 飯能キリスト聖園教会 主日礼拝説教要約(若井和生師)

 7章よりダニエル書の内容は大きく変わります。今まではダニエルの生涯と信仰に注目してきましたが、ここからはダニエルが見た夢と幻の話が中心となります。難しく感じられる箇所ですが、実は7章はダニエル書の中で一番大事な箇所と言われています。ダニエル書全体を理解する鍵がここに示されているからです。

【1】 帝国の興亡
 バビロンの王ベルシャツァルの元年に、ダニエルは寝床である夢と幻を見ました。ベルシャツァルについては5章で学びました。バビロンの崩壊が近づいているのに貴族らと大宴会を開いて大騒ぎをしていた王です。かつて繁栄を極めたバビロンも、ベルシャツァルの治世の下で急速に崩壊に向かっていました。ダニエルが見た夢と幻は、生活の安定が脅かされ、将来の先行きが見えない不安の中で与えられたものだったと考えられます。
 それは四頭の獣が海から上がって来るという夢でした。かつてネブカドネツァル王が見た四つの部分からなる巨大の像の夢を、ダニエルが解き明かしをしたということがありました(2章)。それは四つの国の興亡について示された夢でしたが、あの夢と同じ内容がここで示されたと考えられます。
 第一の獣は獅子のようで、鷲の翼をつけていました。これはバビロンを表していると考えられます。その次に現れた熊に似た獣はメド・ペルシャを、三番目に現れた豹のような獣はギリシャを表しています。最後の四番目に現れたのは獣はローマを表し、この獣に関しては「それは恐ろしく不気味で、非常に強かった」と記されています(7)。
 四つの国々はそれぞれの獣で象徴的に表わされる特徴を持っていましたが、どれもみな狂暴で貪欲であることがわかります。これらの国々が順番に起こっては滅ぼされ、そして最後の獣の支配に至ることが預言されたのです。ダニエルはバビロン帝国崩壊の危機が迫る時に、これから起こる国々の興亡について夢と幻を通して神から示されたのでした。
 
【2】 年を経た方と人のような方
 夢と幻がここで終わったならば、未来の悲惨な展開にダニエルは絶望してしまったかもしれません。しかし夢の内容は9節から新たな展開を見せます。9節より「年を経た方」と呼ばれる者が登場します。
 この方はさばきの座に着かれ、その衣は雪のように白く、頭髪は混じりけのない羊の毛のようでした。御座は火の炎、その車輪は燃える火で、火の流れがこの方の前から出ていました。そして幾千の者がこの方に仕え、幾万の者がその前に立っていました。そしてこの方が四番目に現れた獣を殺し、からだを滅ぼし、燃える火の中に投げ込まれ、さばきを行われました。この「年を経た方」とは、さばき主なる神であることがわかります。
 さらに13節では「人の子のような方」と呼ばれる者が登場します。この方は天の雲とともに来られ、「年を経た方」のもとに進み、この方に主権と栄誉と国々が与えられ、諸民族、諸国民、諸言語の者たちがみなこの方に仕えることになりました。この「人の子のような方」とはイエス・キリストを表し、特にやがてこの世に来られ地を治められる再臨のキリストを表していることがわかります。
 これから先、獣のような国々の興亡が起きることになります。そのような歴史の展開の中で、この世には無常観と悲嘆とあきらめと絶望が広がってしまうことでしょう。しかし暗闇と絶望が支配するこの世の中に、真の主権者がおられること、必ず再臨の主が来られ、神のさばきが行使されることをダニエルは知らされたのです。

【3】 歴史の真の支配者
 ダニエルが見せてもらった夢と幻は、近未来としてはバビロン捕囚からイエス・キリスト誕生までの歴史を表していると考えられます。しかし、それだけではなく再臨の時まで続く人類の歴史の全体像が、ここに示されています。
 ダニエル書7章はヨハネの黙示録19章に記される終末のさばきの記事へと続いていきます。その時、海から上がってきた獣は、その獣に仕える者たちとともに生きたまま、硫黄の燃える火の池に投げ込まれる、と預言されています(黙示録19:19~20)。この世で力を誇示し猛威を振るい、多くの人々をその力と富のゆえに惑わしてきた獣は、神の主権の下で完全に滅ぼされることが聖書には示されています。
 21世紀が始まって、すでに四半世紀が経とうとしています。戦争の悲惨さを思い知らされた20世紀の反省を経て、誰もが平和を待ち望んだはずなのに、最近は国々の興亡が始まったかの様相を見せています。大きな獣たちが荒れ狂う海の中から次々と這い上がってくるという、ダニエル書7章に描かれているような光景が今、世界中で広がっているのではないでしょうか。
 このような今の時代の中にあって、私たちもダニエルが見せてもらった夢と幻を、私たちの目にしっかりと焼き付ける必要があります。この世がどんなに暗黒に覆われても、来るべき朝は必ず来ます。この世がどんな暗闇に支配されても、神は私たちとともにいます。天の雲とともに来られる方を、私たちも待ち望みましょう。