2024年9月15日 飯能キリスト聖園教会 主日礼拝説教要約(若井和生師)
本日からダニエル書のみことばに耳を傾けます。ダニエル書の主題は「神の主権」です。ダニエルは厳しい時代を、異教世界の中で生きるよう強いられた人物でした。しかし、その中にあってダニエルは神を恐れ、神に依り頼みながら生きていきました。そのダニエルに神は恵みをもって応えられたのです。このダニエル書を、これからの時代を生きる私たちの道しるべとしていきたいと思います。
【1】 厳しい時代
紀元前605年、エルサレムはバビロン帝国の王ネブカドネザル2世によって包囲され、多くの民が捕囚としてバビロンに連行されてしまいまいた(1~2)。これが、第一次バビロン捕囚です。ダニエルとダニエルの三人の友人たちも、この時にバビロンに連れていかれました。その後の紀元前587年にイスラエルはバビロンに完全に滅ぼされてしまいます。
このような悲劇がなぜ起きたのでしょうか。それは主が、イスラエルをバビロンの手に渡されたから(2)。つまり、神による審判がイスラエルに下ったからです。神に不従順を貫くイスラエルの民に、今まで多くの預言者たちが神に立ち返るようにと、みことばを語り続けました。しかし民は悔い改めることがありませんでした。そのイスラエルに神のさばきが下されたのです。
神は侮られるような方ではありません。私たちの不従順にはさばきをもって応えられる方です。私たちはこの方に対する恐れを忘れてはいけないのです。
【2】 少年ダニエルの信仰
ダニエルはこのような時代に生を与えられた人物でした。それはイスラエルの歴史の中にあって最も厳しい時代でした。その時代の悲劇にダニエルも巻き込まれます。国が滅んで外国に捕囚となって連行され、家族とも引き離されることになってしまったのです。
そのダニエルに不思議な展開が待っていました。ネブカドネザル王はイスラエルの中から、容姿がよく、知恵があり、王の宮廷に仕えるためにふさわしい少年たちを選び、彼らを養育することにしました。その中にダニエルとダニエルの三人の友人たちも選ばれたのです。
ダニエルたちは王の食べるごちそうを割り当てられることになりましたが、その一方でそれまでの名前から異教徒の名前に改名させられました。イスラエルの民としてのアイデンティティーを奪われ、カルデヤ人に仕立てられるというダニエルたちにとっては屈辱的な経験でした。
その中にあってダニエルは王が食べるごちそうや飲むぶどう酒で身を汚すまいと心に定めました(8)。これが衝動的ではない熟慮の末の決断だったことがわかります。王の提供する食事を拒否するとは、王の命令に背くことです。それは命がけの選択ということになります。ダニエルにとっては悩んで、考えて、祈った末の決断だったのではないでしょうか。
しかもダニエルは単に自分の信仰を押し通したのではありません。宦官の長に配慮した上での知恵ある判断でした。このままではダニエルを管理している宦官の長のいのちを危険に晒すことになります。そこでダニエルは世話役に、十日間だけ野菜と水だけ与えて試してほしいとお願いしました。そのようにして自分を世話してくれている人々を安心させつつ、自らの信仰を貫いたのです。
この時ダニエルは十代の少年だったと言われています。ダニエルはまだ若いのに、何と素晴らしい信仰を与えられていたことでしょうか。彼は十代にして神を恐れることを知っていたのです。神を恐れて生きることが、その人にとってどれ程大きな祝福でしょうか。
【3】 神の恵み
結果はどうなったでしょうか。ダニエルと三人の仲間たちは、他のどの少年よりも顔色もからだつきもよかったのです。野菜と水だけで本当に顔色も、からだつきもよくなるのでしょうか。そうなったのは、神が彼らの信仰に応えてくださったからです。
神はダニエルが宦官の長の前に恵みとあわれみを受けられるようにしてくださいました(9)。神が実はすでに備えておられたのです。そして神はさらにダビデと彼の友人たちに知識と、あらゆる文学を理解する力と、知恵を授けられました(17)。その知恵は国中の呪法師、呪文師よりも十倍もまさっていました。そして彼らはネブカドネザル王の最も近いところで王に仕える人材となったのです。すべて主の導きでした。信仰をもって歩んでいる少年四人を、神は守り導いておられることがわかります。
【4】 むすび
神はどんな厳しい状況の中にあっても主を恐れ、主に拠り頼む者を必ず守り、恵みで応えてくださる方であることがわかります。私たちは、私たちの属する状況を変えられません。厳しい状況は以前のままかもしれません。
しかし私たちに求められていることは、その状況の中にあって神を見上げ、神を恐れ、神に信頼することです。その時に主は恵みをもって応えてくださいます。与えられた場でどう対処し、どう生きたらよいのか必ず示してくださいます。神は神を信じる者を、決して見捨てないのです。