2024年6月30日 飯能キリスト聖園教会 主日礼拝説教要約(若井和生師)
今日は聖園教会の信仰告白第三項より、神のみわざについて覚えたいと思います。
神はその主権によって万物を創造し、支配しておられる。神は、罪人を救うために、ご計画に基づいて、御子をこの世に遣わされた。
【1】 神は実に世を愛された
神はその主権によって万物を創造し、今もこの世界を支配しておられます。支配しながら、神は私たちのことを遠くから傍観しているのでしょうか。そうではありません。私たち一人一人に目を留め、私たちに深く関わってくださいます。そして私たちを救い出してくださいます。そのことがヨハネの福音書3章16節に記されています。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神は実に世を愛されました。聖書で「世」とはほとんどが悪い意味で使われます。それは、神に背いている人間が形づくる世界を表しています。つまり神は、神に背き、神に敵対する私たちを、それにも関わらず愛してくださったのです。
これは「アガペー」の愛です。私たち人間の愛ではありません。私たちの愛は自分を愛してくれるならば愛する、という条件付きの愛です。しかし神は愛する価の全くないような私たちを、それにも関わらず愛してくださいました。神は「実に」世を愛してくださったのです。
【2】 そのひとり子をお与えになったほどに
神はどのようにして私たちを愛してくださったのでしょうか。愛は見えるものです。かたちになって表されるものです。そしてそれは、その人のために払われる犠牲の大きさによって表されます。私たちは愛する人のためなら、喜んで苦労することができます。愛する人のためなら犠牲を払うことができます。その人を愛しているからです。
神の愛は、神のひとり子を私たちのために下さるという行為によって表されました。つまりイエス・キリストによって表されたということです。イエス・キリストの姿を見れば、私たちは神の愛がわかります。イエス様の姿に私たちに対する神の愛が豊かに表わされているからです。
イエス様はツァラートという病の人に触って病気を癒し、罪を赦してくださいました。イエス様は長血に苦しむ女の病を癒し、生きる力を彼女に与えてくださいました。イエス様は取税人ザアカイの家に泊まり彼の友だちになってくださいました。私たちの抱える具体的な悩みをともに担い、悲しみの人となってくださいました。
そしてイエス様は十字架にかかり私たちの身代わりとなって神の罰を受け、私たちに救いの道を開いてくださいました。イエス・キリストの十字架は何を表しているのでしょうか。神にとって私たち一人ひとりがいかに大事か、そして私たち一人ひとりに対する神の愛がどれ程大きいかを表しているのです。
【3】 滅びることなく、永遠のいのちを持つため
なぜ神はご自分のひとり子をお与えになる程に、私たちを愛してくださったのでしょうか。二つの目的がありました。第一に私たちが滅びることがないためです。つまり、もし神がイエス様をくださらなかったならば、私たちは滅びるということです。イエス様が来られたのは私たちを滅びから救い出すためでした。
二番目に私たちが永遠のいのちを持つためです。永遠のいのちとは、イエス・キリストにある復活のいのちを表しています。このいのちは私たちの死の時に与えられるのではありません。イエス・キリストを信じたその時に与えられます。
イエス様が私たちとともにおられます。私たちはイエス様を通して神と親しく交わることができます。そして聖霊なる神が私たちを満たしてくださいます。私たちは神のいのちによって生かされる者とされるのです。
【4】 御子を信じる者が
このような神の大きな愛を示されて、私たちがしなければならないことが一つだけあります。それはその愛を受けとめること。どうやって受けとめるのでしょう。この御子イエス・キリストを信じることです。「御子を信じる者」に、この救いは与えられるからです。
信じるとは、自分の罪を認めて悔い改めることです。そしてイエス様に信頼して、この方を救い主として受け入れることです。神の愛にふさわしい者となるために、努力する必要は全くありません。ありのままの姿で、神の愛に心を開き、神のくださる救い主を受け入れるだけでいいのです。
まだこの神の愛を経験していない方、救いを体験していない方はぜひ救い主イエス・キリストを信じましょう。すでに救いを与えられている人は、主の救いのみわざがさらに多くの人に及びますように、祈りつつ主を証ししていく者とならせていただきましょう。