イザヤ書53章

イザヤ53           主のしもべの受難

52章の最終部分には、説明し難い預言者の体験が描かれていた。彼は先ず「見よ。わたしのしもべは栄える。彼は高められ、上げられ、非常に高くなる」との神の声を聞いた。さぞかし意気が高揚したであろう。しかし、直後に「その顔だちは、そこなわれて人のようではなく、その姿も人の子らとは違っていた」と記した。二つの幻の落差から預言者の驚愕のほどが推測できる。

神が預言者に見せた幻は、主の栄光とそこに至る道程が、時間差なしで二重写しされている。預言者はこれまで、救い主を渇望して「ひとりの嬰児、ひとりの男の子・・・不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」(9:6)と呼び、期待を募らせてきた。そして、ついに栄光の座にある神のしもべを見出した。それが「わたしのしもべは栄える」という表現に凝縮されている。

預言者は、落差の大きな二つの姿を見せられても、見る影もなかったしもべの姿に先んじて、直感的に栄光を先取りしたことは見事です(52:13)主の取り扱いは真に哀れみ深い。

福音書を読みなれている私たちには、このように落差のある不可解な光景も珍しくない。例えば、イエス様のエルサレム入城に際して、民衆は「ホサナ、ホサナ」と歓呼したが、その声も数日後には「十字架につけろ、十字架につけろ」という怒号に変った。預言者はメシヤの究極的な栄光を仰いで先取りしたが、そこに至る途上に深い淵があり、それも直視しなければならない。

Ⅰ信じがたい光景

「彼は主の前に若枝のように芽生え、砂漠の地から出る根のように育った」

若枝とは何か。一般的には生命に満ちた新芽のことである。若枝と言う響きは清々しい。しかし、次の言葉「砂漠の地から出る根」を念頭において理解しなければならない。したがって、私はこの表現を否定的な意味として理解している。

預言者は11章で、ユダが根こそぎ引き抜かれるような悲惨な状況を脳裏に描きながら、歴史的蔑称である「エッサイ」を逆手にとって「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ」と希望を掲げた。切り株が残り、ひこばえが必ず生えるとの主張である。ここでも、若枝は、見る影もない「砂漠の地から出る根」と並べられている。それ故、若枝(ヨーネイク)は、成長の底知れない可能性を秘めているが、傷つき易く頼りない姿の描写でもある。

「彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった」

ここには、一片の同情も寄せられていない。なぜなら、旧約聖書は見るべき美しさを、神の恵として讃えている(ヨセフやダビデの描写)上記の描写は、イスラエルで疎外されていたライ病者の姿である。人々は、病む彼らに不用意に近づく事を恐れて共同体のルールを定めた(レビ13:45-46)

彼らはイスラエルの居住区から追放され、自ら「汚れている。汚れている」と叫ぶ事を命じられた。一般的には、苦難は神の裁きと考えられていたのである(ヨブ記の証言)

しかし、ヘブル書の著者は「イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられた。ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか」(ヘブル13:12-13)と、主の受難を積極的に受け止めている。

Ⅱ明らかにされた真相

「彼は私たちの病を負い、痛みを担った・・・私たちのそむきの罪の為に刺し通され、咎のために砕かれた」

代理、代償、贖いという概念は、日常生活の中に既にあった。しかし、自らの罪を認めることにおいて、こんなに率直で謙虚な表現はなかった(今日でも、持つ者が持たない者に与えるのは当然の義務だと考える人々がいる。しかし、権利であるかのように考えるのはどうか)

預言者は「私たちの病、痛み、私たちのそむきの罪、咎のため」と目覚めさせられている。この認識がなければ、主のしもべの苦難の意味を理解することはできない。

初めは自業自得と考えていたようであるが、深層の真理に開眼したというべきであろう。

「彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだ」と早合点していた預言者は、自分たちの罪に目覚めて「彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた」と告白する。

「主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた」

この言葉は発見に等しい。後に、弟子のヨハネは「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです」(Ⅰヨハネ3:16)と告白する

「彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない」

寡黙なしもべ。彼は無知ではない。彼は臆病でもない。しかし、従容として父なる神に従う。もちろん、主が一度口を開けば、誰も抗弁することはできなかった(ルカ20:26、40)

ヨハネは「口からは鋭い両刃の剣が出て」(黙示録1:16)と描写する。しかし、父なる神の意志に従い、主は沈黙を守られた(その沈黙は、ピラトが怪しむほどであった。ヨハネ19:10)

人には無用な言葉が多い。折角の労苦が不用意な一言で無に帰することもしばしばである。ダビデは祈った「主よ。私の口に見張りを置き、私のくちびるの戸を守ってください」(詩篇141:3)

Ⅲ墓と葬り

「しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた」

主の裁判は、体裁を整えただけであった。妬みと憎しみででっち上げられ、真理は封印され、正義は放棄され、偽証人によって汚された。裁判は、利己的で日和見な人々によって操られた。

「彼の墓は悪者どもとともに設けられ」(カルバリーの三本の十字架・ルカ23:33)

文字通り、主イエスの十字架は、罪人と一緒の扱いであった(Ⅱコリント5:21)

「彼は富む者とともに葬られた」(アリマタヤのヨセフの墓に葬られる・ルカ23:53)

アリマタヤのヨセフは、かねて、自分のために墓を用意していた。彼は富める有力者として、エルサレム郊外の一等地に墓を所有していたが、これを主のために用いたのである。

彼は隠れキリシタンのような存在であったが、主の遺骸が安息日に曝されているのが耐えられず、勇気を出してピラトに願い出、遺骸を貰い受けたのである。預言はこのように成就する。

Ⅳ主に栄光あれ

「彼を砕いて、痛めることは、主のみこころであった」(ヨハネ3:16)

メシヤの受難を主の御心と受け止める洞察は、これまで誰もなしえなかった。不信の民が苦難を受けるのは当然であるが、それは何の救いにもならない。自業自得にすぎない。

しかし、主のしもべ(メシヤ)は、力づくで救出するのではなく、自らが代価(犠牲)を払って救いの道を開くのである。預言者は今、そんな神の御心の深遠を覗く事が許されたのである。

「彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する」

主イエスはゲッセマネの園で、血の汗を滴らせて苦悩の祈りをされた(ルカ22:42-44)ヘブル書の著者は「キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました」(5:7)と証言している。

スペインの画家エル・グレコは、この状況のイエス様を誰よりも深く理解していたように思う。彼の描いた“十字架を抱くイエス”の表情は、平安と柔和な満足感を漂わせている。

「彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする」

主は今なお、多くの人の罪を負い、そむいた人たちのために執り成しを続ける(ヘブル7:25)

救いは、贖いなしには得られない。動物のいけにえは、贖罪を前提としていた筈である。救いの奥義が明らかにされる過程で、動物・しもべ・そして神の子が求められることが明白になったと見える。

一粒の麦は、地に落ちて死ねば多くの実を結ぶ(ヨハネ12:24 )これは神の世界創造の秩序です。神は、人の救いにおいても、この単純明快な秩序に基づいて贖いをなされた。