イザヤ書21章

イザヤ21         海の荒野他への託宣 

海の荒野に対する託宣 

『海の荒野』とはバビロンの地名を表すアッシリヤ語だったと考えられる。バビロンはアッシリヤの支配下に置かれていたが、

 B.C.721メロダクパラダン2世が反乱・独立。

709年サルゴン2世に再び征服され、

 689年セナケリブに破壊される。 

 B.C.625年、新バビロニア(カルディア)帝国起こる。

 609年アッシリヤを滅ぼす(この年ヨシヤ王、メギドの戦いでネコに破れ戦死)

 597年エルサレムを占領。第一回捕囚

 587年エルサレムを破壊。第二回捕囚

 538年ペルシャのクロス王に滅ぼされる(ユダヤの捕囚が解かれる)

「ネゲブ」はイスラエルの南の砂漠(詩篇126:4-6)つむじ風で知られる。バビロンへの裁きが突如として来ることの表現。

『きびしい幻』略奪者バビロンの悲惨な末路。エラムとメディアはクロスの率いる軍隊のことか。バビロンはセナケリブによっても破壊されている 

『私の腰は苦痛で満ちた・・・』

 創造者なる神に痛みが有る如く、神の預言者も次々と引き起こされる終わりなき悲惨な展開に苦悩したことか。今日のサリン事件に絶望的な痛みを感じる如く。

『彼らは食卓を整え・・・』

 同様の光景がダニエル5章にみられる。滅びは俄に訪れます。「槿花一朝の栄」と言うが、儚きこと草の如く、花の如く。

『立ち上がれ・・・油を塗れ』 油断することなく、あなたの心を守れ。

『獅子が叫ぶ』 最近の学者は見張り人と翻訳するが、ラビたちはイザヤに任命された預言者ハバククのと考えた(アルファベットの音価が216による)

ドマに対する託宣 

『夜回りよ・・・何時か』 ドマはエドムのこと。

(詩篇130:5-6)には朝を待ち焦がれる夜回りの描写が有る。ここでは打ち続く困難、闇のなかにあって「朝は来るのか」という苛立ちの問い、その答えの奇妙なこと。

アラビヤに対する託宣 

 アラビヤは元来、砂漠や草原地帯を意味し荒廃の地を指していたが、ここではデダンを含むので、サウジアラビアの北西の地と見る。

『デタンの隊商』(エゼキエル27:15,20, エレミヤ25:23)

『テマ』南北アラビアを繋ぐ重要な地点。 預言者はここの住民に哀れみを教える。死線を越えてきた者への敬意(神の配剤の御手をそこに見たことか)

『雇い人の年季』なら即解放を意味したが、ここは直ちにと言うことか。

『ケダル』はイシマエルの子(創世記10:13)北アラビアには小国の消滅の歴史がある。

 罪は挙げられてない(周辺の大国の歴史とは異なる)が、栄華の儚さと、小国も裁きの網から逃れることの出来ない事実。